遺産の範囲

遺産の範囲民法は、「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」(896条)として、所有権等の物権、債権、債務、無体財産権、その他財産法上の法的地位といえるものを含めて遺産の範囲とし、包括承継させることを原則としています。他方、「被相続人の一身に専属したもの」は遺産からはずれるとしています(896条ただし書)。

物権原則所有権や一般の制限物権(地上権、抵当権、質権等)は当然に相続の対象となります。占有権についても、最高裁判所は、特別の事情がない限り相続によって相続人の占有に移るものと判断しました。

内縁の妻の居住権夫(被相続人)と内縁関係にあった内縁の妻は、当然に共同相続人として建物の共有持分権を有するわけではありません。しかし、建物の取得・維持のために内縁の妻自身が金銭的負担をしていた等の事情がある場合は、建物が夫と内縁の妻の共有物であったと認められる場合があります。

もっとも、夫が死亡した場合に内縁の妻が単独で共有物の使用を継続できるかは問題となります。この点に関し最高裁判所は、内縁の夫婦がその共有する不動産を居住または共同事業のために共同で使用してきたという事案において、特段の事情のない限り、両者の間において、その一方が死亡した後は他方がその不動産を単独で使用する旨の合意が成立していたものと推認できると判断しました。

これによれば、内縁の妻は、他の共有者である相続人との間で、共有部分の使用についての上記合意を変更するか、あるいは、実質的共有関係を解消するまでの間、従来通り、その不動産を使用することができるといえます。

債権原則債権は財産権として相続の対象となります。不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求権も、一度発生すれば通常の債権と同じですので、相続されるのが原則です。

また、他人の不法行為(民法709条)により受傷した被害者が、加害者に対し請求しうる損害としては、入通院費用、付添看護費用、弁護士費用等の積極損害、後遺障害による遺失利益、精神的損害についての慰謝料などがあり、それぞれ通常の債権として相続の対象となります。

判例被害者が死亡した場合、上記のうち、死亡による遺失利益や慰謝料については、その損害が発生した時点では、その主体たる被害者(被相続人)は死亡しているのだから、そもそも損害賠償請求権が発生しておらず、相続の対象ともなりえないのではないかが問題となります。

この点について最高裁判所は、高度の障がいを負って遺失利益の損害賠償請求権を得た後に被相続人が死亡した場合は、相続人がその請求権を相続することとの対比から考えると、相続を認めなければ均衡を失する面もあり、死亡の場合の遺失利益についての損害賠償請求権は常に遺産であると判断しています。また、慰謝料請求権も単純な金銭債権であり相続されるものと判断しています。

扶養料請求権・財産分与請求権について扶養料請求権直系血族は互いに扶養義務を負っている(877条1項)ことから、互いに扶養請求権を有しているといえます。もっとも、同条の規定からただちに扶養義務者の義務の範囲が定まるわけではなく、扶養請求権は抽象的な権利にとどまります。したがって、扶養請求権の現実の行使には、当事者間の協議あるいは調停・審判という手続きによって、その内容が定まって具体的金銭請求権となることが必要です。

扶養請求権は、その人の親族関係という身分にともなって生ずる権利であるため、その人だけが行使するかどうかを決定でき、他者に譲渡としたり相続したりすることができない一身専属的な権利とされています(896条ただし書)ので、扶養権利者が亡くなった後の時期については同請求権が発生することはありません。他方、最高裁判所は、生前に当事者間の協議あるいは調停・審判を経て扶養請求権の内容が具体化していた場合には、単なる金銭債権に転化して一身専属性を失っており、相続が可能と判断しました。

財産分与請求権最高裁判所は、財産分与請求権についても、協議あるいは調停・審判によって具体的内容が形成されて初めて、その範囲および内容が確定するものと判断しています。したがって、扶養請求権と同じく、財産分与請求権の現実の行使には、当事者間の協議あるいは調停・審判という手続きによって、その内容が定まって具体的金銭請求権となることが必要です。

一方で、当事者が既に財産分与の意思表示を行えば、協議中あるいは調停中などの段階で相続が発生しても、相続の対象になるとした裁判例があります。この見解によれば、相続人は財産分与の調停の申立てや既に係属している調停・審判の受継申立てができることになります。

生命保険金について被相続人が、自己を被保険者として生命保険契約を締結している場合があります。この場合、生命保険金が遺産となるか否かは、保険金受取人に誰が指定されているかにより異なります。

保険金受取人として被相続人自身が指定されていた場合被相続人の死亡により保険金受取請求権は(観念的に)被相続人に帰属し、それから相続人に相続されると考えられるため、遺産となります。

保険金受取人として「相続人」と指定されていた場合最高裁判所は、特段の事情のない限り、当該生命保険契約は、被保険者死亡のときにおける相続人たるべき者を受取人として指定した「他人のための保険契約」と解されるとして、当該保険金は遺産とはならず、相続人たるべき者の固有財産となると判断しています。

この場合、相続人たるべき者は法定相続分の割合にしたがって保険金請求権を取得するとすることになります。

保険金受取人として特定の相続人が指定されていた場合この場合にも、最高裁判所は、当該保険金は遺産とはならず、指定された者の固有財産になると判断しています。

死亡退職金、遺族給付について死亡退職金被相続人が生前に受領した退職金は当然に金銭債権として遺産となります。また、既に退職金請求権が発生している場合にも同様に遺産となります。死亡退職金とは、労働者が在職中に死亡して労働契約が終了したことを支給事由とする退職金をいいます。死亡退職金については、以下(1)(2)のとおり死亡退職金の支給根拠により考え方が分かれますが、いずれにしても遺産とはなりません。

(1)法令や就業規則に基づき支給される場合
就業規則等で死亡退職金が定められている場合には、そこに定められた相続人の範囲および順位等にしたがって支給されることとなります。また、公務員などは、法律や条例によって、民法の相続人の範囲および順位とは異なる受給権者の範囲、順位等が規定されています。

この場合、遺族は、就業規則ないし法令等により自己固有権利として退職金を取得することになりますので、遺産にはあたりません。

(2)法令や就業規則の定めがない場合
法令および就業規則等の規程に死亡退職金の支給に関する定めが存在しない場合についても、最高裁判所は、死亡退職金は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的としており、受給権者たる遺族は固有の権利としてこれを取得するものとして、遺産ではないと判断しています。

遺族給付遺族給付には、厚生年金保険法の定める遺族厚生年金や国家公務員共済組合法の定める遺族共済年金などがあります。これらは退職金とは異なり、遺族の生活保障を目的とするものである点が明確です。また、法令により、受給権者の範囲、順序が明確に定まっており、その内容は民法の相続人の範囲および順序とは著しく異なっていますので、遺産には含まれません。

祭祀財産等について位牌・墓地などの帰属位牌や仏壇などの祭具、墳墓等を祭祀財産といいます。祭祀財産については、「慣習に従って祖先の祭祀を承継すべき者(以下「祭祀承継者」という)」が承継すると定められています(民法897条1項本文)。ただし、被相続人による指定があるときは、その者が祭祀承継者となり(同条同項ただし書)、慣習が明らかでないときは、承継者を家庭裁判所が決定します(同条2項)。

このように祭祀財産が相続対象とされたなかったのは、これらを法定相続分や遺産分割協議の結果によって分割してしまうと、祖先を奉るという目的が果たせなくなると考えられたためです。

遺骸・遺骨の帰属遺骸や遺骨は、祭祀承継者が管理すべきものですので、祭祀承継者は他の者に対し、遺骸・遺骨の引渡しを請求できると解されています。最高裁判所は、被相続人の遺骨の引渡しの請求について、死者の祭祀供養をつかさどる者に帰属すると判断しました。

香典の帰属香典は、死者の家の負担を軽くするという相互扶助の精神に基づくものであり、一時的には葬儀費用という使途を定めた贈与であるものと考えられますので、喪主が葬儀費用として使用した以上は問題になりません。

葬儀費用を引いてなお残余があった場合には、贈与の相手方である喪主の裁量において、今後の祭祀主催の費用に充てるなどの方法が考えられます。しかし、あくまで喪主の意思によるものである以上、他の相続人の方から残余について分配を請求することはできません。

いずれにせよ、遺産とは解されませんので、相続人間で分配される性質のものではありません。

弔慰金の帰属弔慰金には香典の性質をもったものや、法律に定められた死亡退職金とは別に支給されるものがありますが、これらの場合は香典の場合と同様に考えることができます。

他方、弔慰金が死亡退職金の一種とみなされる場合、贈与の相手方がだれになるのかは、各会社の内規によって定められており、それに該当するものが弔慰金を受け取ることになります(詳細は「死亡退職金」をご参照ください)。なお、会社が死亡退職金の一種としての弔慰金を支払うにあたり、受取人が単に「遺族」となっている場合は、会社が受取人を決定すべきものと考えられます。したがって、弔慰金が遺産となるとは解されません。もっとも、他の相続人に対する関係で不公平を生ずるような場合にかぎり、特別受益分として分配の問題が生じることがありえます。

債務について可分債務・連帯債務可分債務とは、分割して実現できる給付を内容とする債務をいいますが、可分債務については、法定相続分に従って、当然に分割承継されるというのが判例です。

連帯債務とは、同一の債務について、複数の債務者が債務の全部を各自独立して負担する債務をいいます(民法432条)。相続の場合には、このような債務の全部を独立して負担する義務までもが各相続人に相続されるのかという問題があります。

この点について最高裁判所は、連帯債務も可分債務の1つに過ぎないとして、各相続人は当然に法定相続分に従って、分割された額の範囲の債務を承継し、その額の範囲内で本来の債務者と共に連帯債務の関係に立つものと判断しました。例えば、100万円の連帯債務者X・Yのうち、X(相続人は子供2人のみ)が死亡した場合は、Xの相続人である子供は各自50万円の債務を承継し、それぞれ50万円の範囲でYと連帯債務を負うことになります。

債務の内部負担割合合意の債権者への対抗力特定の債務について、被相続人が遺言により特定の相続人に相続させることを指定したり、相続人間の遺産分割協議で特定の相続人が全ての債務を相続することと合意したような場合に、債権者に対抗できるかが問題となります。

しかし、これらの行為は、相続人間での内部負担割合についての指定、あるいは一種の免責的債務引受契約に過ぎず、債権者に対抗することはできません。したがって、債権者は、各相続人に対して法定相続分に応じた金額について弁済を求めることもできます。

もっとも、債権者は、このような免責的債務引受を承諾して、引受相続人に全額の請求を行うことは妨げられません。

身元保証や根保証債務債務の中でも、芸術作品を製作するような債務や、雇用契約上の労務提供債務(民法625条2項)などは、他人が代わって引受けるものではないため、一身専属性のある債務とされ、相続の対象とはなりません(896条ただし書)。

身元保証債務については、保証の内容や上限が不明確であることや、契約が個人的信頼関係に基づいて存続するものであることから、一身専属的な債務とされ、特別な事情がない限り相続性は否定されています(判例)。

同様の問題が、根保証についても生じます。中小事業者向けのいわゆる商工ローン等では、根保証を求めることが広く行われていますが、最高裁判所は、限度額および期間の定めのない包括根保証契約については、被相続人の死亡後に生じた債務についての責任を否定していますが、限度額・期間の定めのあるものについては、(解釈により一部根保証人の責任を制限する事例はあるものの)一般論としては相続性が認められています。なお、貸金等債務の根保証については、保証人である被相続人の死亡によって主たる債務の元本は確定します(465条の4)。

代償財産遺産分割の基準時遺産分割制度とは、相続人の共有関係にある遺産を、協議によって分配する制度をいいます。相続が発生してから現実に遺産分割が実行されるまでには、相続人の協議や遺産の処分、名義の変更といった手続が必要になり、時間的な経過を要するのが通常ですので、遺産分割の対象財産の基準時がいつなのかという問題があります。

この点について、最高裁判所は、遺産分割制度の本質的目的が将来に向かって新たな権利関係を形成することあることから、現実の遺産分割時に現存する財産を指すものと判断しています。

代償財産の相続性前記最高裁判所の判断に従えば、相続開始後、遺産分割の時点までに、滅失、処分等された財産については、遺産分割の対象にならないことになりそうです。しかし、遺産の代償財産が現存する場合にも、なお同様に考えるべきかについては、下級審の見解が分かれています。

共同相続人全員の合意により、遺産の一部である不動産を第三者に売却し、その売却代金(代償財産)全額を1人の相続人が受け取っている事案において、最高裁判所は、このような場合は、(売却代金を遺産分割対象に含める合意をするなどの特段の事情がない限り)当該不動産は遺産分割の対象たる遺産から逸出し、売却代金は共同相続人が各持分に応じて個々に分割取得するものと判断しました。

代償財産がない場合遺産分割後に遺産の一部である不動産が第三者に売却されていたことが発覚し、第三者に取り戻されてしまった場合の遺産分割協議の効果については見解が分かれます。遺産分割を当然無効とする見解、当然有効とする見解もありますが、実務上は、当然無効ではなく、取り戻された財産が遺産の大部分を占める場合には無効で、その他の場合は有効とする見解が有力です。

すなわち、遺産分割の趣旨を考慮すれば、取り戻された財産が遺産の大部分を占めるような場合は、分割自体が実質的に無意味なものとして、また、分割について重大な錯誤があるものとして無効となり、分割のやり直しを請求できると考えるものです。この場合、第三者に不動産を取り戻されてしまった相続人は、他の相続人に対して相続分に応じて担保責任に基づき請求する(民法911条)ことにより、調和的解決を図ることができます。

相続回復請求権について相続が開始すると、相続人は被相続人の財産に属した一切の権利・義務を承継しますが、遺産の現実の占有支配がない場合などは、真正な相続人でない者(不真正相続人)が遺産を占有支配していることがあります。このような不真正相続人の侵害を排除し、遺産の占有支配を回復するための制度を相続回復請求権(民法884条)といいます。

相続回復請求権の行使については、共同相続人間の場合でも民法884条(行使期間の制限)の適用があるのか否かが問題となります。

共同相続人による侵害の場合最高裁判所は、共同相続人の1人による侵害も、非相続人による侵害と異ならず、民法884条の趣旨である法律関係の早期決着の要請とは異ならないとして、同条の適用を認めました。よって、相続権侵害の事実を知ってから5年間、相続が開始したときから20年間権利を行使しないと消滅時効により権利がなくなってしまうことになります。

もっとも、他の相続人の相続権を侵害している相続人が、自己の持分に属するものであると称している場合には同条が想定した場面とはいえないことから、消滅時効を援用することができないとも判断しています。

また、他に共同相続人がいることを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があったこと(「善意かつ合理的事由」の存在)は、消滅時効援用の要件であり、消滅時効を援用しようとする者に主張立証責任があるとされました。よって、共同相続人が本条による消滅時効を援用できることは稀であるといえます。

第三者に処分された場合最高裁判所は、不真正相続人から遺産を譲り受けた第三者に対しては、不真正相続人の第三者に対する処分の無効を主張して所有権に基づく返還請求をすべきものと判断しています。

また、不真正相続人からの譲受人であっても、不真正相続人自身に「善意かつ合理的事由」がなければ時効を援用することができないとも判断しました。

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