遺言

遺言の意義遺言遺言とは、遺言者の生前の最終的な意思を表したものであり、遺言者の死後の財産関係や身分行為等について定めておく要式行為をいいます。遺言がない場合は、遺産は法定相続にしたがって分割されることになります。

財産をもっている人は、遺言をしておくことにより、相続人同士の遺産の紛争を予防することができます。逆に言えば、現在遺産分割で争いとなっているものの多くは、遺言をしておけば防げたと思われるものが多いのです。遺言でなし得る事項は法律で定めている事項に限られており、法定されていないその他の事項には法的効力が生じることはありません。

法定の遺言事項法定の遺言事項は、「相続の法定事項の修正に関する事項」「相続以外の財産処分に関する事項」「身分関係に関する事項」「遺言の執行に関する事項」に分けることができます。

相続の法定事項の修正に関する事項(1)遺言による推定相続人の廃除(相続権を失わせること)、廃除の取消し(民法893条、894条2項)。
(2)祭祀承継者(系譜・祭具・墳墓等を承継する者)の指定(897条1項ただし書)。
(3)共同相続人の相続分の指定または指定の委託(902条)
(4)特別受益の持戻しの免除(903条3項)
(5)遺産分割方法の指定または指定の委託(908条前段)
(6)遺産分割を5年以下の期間を定めて禁止すること(908条後段)
(7)遺産分割における共同相続人の担保責任の別段の定め(914条)
(8)遺贈の減殺方法に関する別段の定め(1034条)

相続以外の財産処分に関する事項(1)遺贈(964条)
(2)相続財産に属しない権利の遺贈について別段の意思表示(996条ただし書)。
遺贈義務者がこれを取得することができず、またはこれに過分の費用を要するときは、その価額を受贈者に弁償しなければなりませんが、遺言で別段の意思表示が有ればそれに従います(997条2項ただし書)。
(3)財団法人設立のための寄付行為(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律158条2項)
(4)生命保険の受取人の変更(保険法44条)

身分関係に関する事項(1)認知(781条2項)
(2)未成年後見人および未成年後見監督人の指定(839条1項、848条) 

遺言の執行に関する事項(1)遺言執行者の指定(1006条1項)

遺言ができる者満15歳になった者は原則として遺言ができますが、遺言をするについても事物の判断は必要ですから、意思能力(遺言能力)のない者は遺言をすることはできないとされています。

成年被後見人とは、常に精神上の障害により、自己の行為について判断能力を欠く状態にあり、後見開始の審判を受けた者をいいます。成年被後見人でも、本心に復したときには、2人以上の資格のある医師の立ち会いがあれば、遺言をすることができます(民法973条)。他方、被保佐人の場合は誰の承認も必要でなく、1人で遺言できます。

なお、遺言をするについての遺言能力は、遺言をするときに必要なため(民法963条)、正常な精神状態で遺言をなした者が、その後心神喪失中に死亡したとしても、その遺言は有効です。

自筆証書遺言の意義自筆証書遺言とは、遺言者が、その全文、日付および氏名を自書し、これに押印することにより作成するものをいいます(民法968条)。したがって、遺言者が字を書くことができ印を押す機会さえあれば、自分の思ったとおりに自由に作ることができます。

自筆証書遺言は簡単に作成でき、遺言をしたことを秘密にしておけることや、遺言作成にほとんど費用がかからないというメリットがありますが、遺言書が紛失したり、第三者によって隠匿・偽造・変造されるおそれがあること、また、方式不備により無効となる場合がある等のデメリットがあります。

検認手続き遺言書の保管者や、保管者がない場合の相続人は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その「検認」を請求しなければなりません(1004条1項)。

検認とは、遺言書の形式的な状態を調査確認する手続で、遺言書の偽造・変造・隠匿を防ぐと共に確実に保存することを目的とした手続です。また、遺言書が封印されている場合は、家庭裁判所において相続人またはその代理人の立会をもって開封しなければならず(1004条3項)、勝手に開封した場合は5万円以下の過料に処せられます(1005条)。もっとも、勝手に開封したことによって遺言が無効になるわけではありません。

自筆証書遺言作成上の注意点自書でなければならず、パソコンやワープロで作成したものは(それが一部分であっても)無効となります。また、自書をするには自書能力(文字を知り、これを筆記する能力)を有する必要があります。そのため、目が見えない者でも他人の補助があれば筆記できるのであれば自書能力を有するのに対し、目が見えても文字を知らなければ自書能力を有しないことになります。

最高裁判所は、目が見えない者が遺言書を作成する際、他人の手が添えられていたという事案において、添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できる場合には自書が有効であると判断しています。

押印は、遺言者の同一性および真意を確保して文書の完成を担保するために要求されるものです。使用すべき印章は実印・三文判・認印等、特に制限はなく、指印でも有効とするのが判例です(ただし、トラブルの原因になるため、指印は避けるべきです)。また、押印の位置については、必ずしも遺言書自体になくとも、封筒の封じ目の押印をもって押印の要件は充足するとした判例があります。

日付は遺言を作成した日を自書しなければならず、これが欠けた遺言は無効となります。これは、遺言者の遺言能力の有無や二通以上の遺言書が出てきた場合に、その前後を確定するのに必要なためです。しかし、実際に遺言を作成した日と、日付の表記が相違していたとしても、ただちに遺言が無効となるものではありません。

最高裁判所は、その誤記であることおよび真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、日付の誤りは遺言を無効とするものではないと判断しました。他方で、「日」の記載がない場合や、「吉日」という表記により暦上の特定の日を表示するものといえない場合は、遺言自体が無効になると判断しています。

公正証書遺言の意義公正証書遺言とは、公証人が関与することにより作成される遺言をいいます。これは遺言をしたい人が、公証人にこういう遺言をしたいということを伝え、公証人が遺言の内容を整理して作成するものですので、遺言者は遺言について詳しい知識や自書能力がなくても作成できるというメリットがあります。また、第三者で公務員の地位にある公証人が関与することで、その効力が問題となることは少なく、遺言をめぐるトラブルを予防するというメリットがあります。

他方、公正証書遺言作成の手数料が発生すること、立会いをする証人に遺言の内容が知られてしまうというデメリットがあります。

公正証書遺言の作成手続公正証書遺言を作成する場合は、原則として公証人役場で作成することになります。公証人の管轄区域内であれば、公証人が病院や自宅に出張するなどして公正証書遺言を作成することも可能です。また、証人2人以上の立会が必要です。

準備するものとしては、(1)遺言者の印鑑証明書と実印、(2)証人の住民票の写し、(3)相続人の戸籍謄本、(4)遺言執行者の住民票の写し、(5)遺言の対象である財産に関する資料(不動産登記簿謄本、預貯金通帳、賃貸借契約書等)が挙げられます。もっとも、遺言の内容によって他に必要となる資料もあることから、公証人役場に直接問い合わせた方が確実です。

公正証書遺言は次の順序で作成されます(民法969条)。
(1)遺言者が遺言の趣旨を公証人へ口授
(2)公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧せせる。
(3)遺言者および証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名押印する(遺言者が署名できないときは公証人がその事由を付記する)。
(4)公証人がその証書が以上の方式に従って作ったものであることを付記し、署名押印する。

遺言能力が争われるケース公正証書遺言は、公証人の関与と証人の立会いの下で作成されることから、自筆証書遺言に比べてその効力が問題となることは少ないといえます。しかし、裁判例において、公正証書遺言の作成時点において重度の痴呆症にあり、遺言の内容を理解し、判断することができなかったとして遺言を無効としたケースが散見されますので、公正証書遺言が作成されていれば必ず遺言能力が認められるというものではないということに注意する必要があります。

証人になれない者公正証書遺言と秘密証書遺言に証人2人以上の立会いが求められるのは、遺言者に人違いがなく、遺言者の真意に出たものであることを証明し、または遺言の作成を明確にして、後日の紛争を防止する趣旨であることから、未成年者や、推定相続人および受遺者、ならびにその配偶者および直系血族は証人となることができないとされています(974条)。

また、証人には署名や口述の内容が正確に筆記されていることを承認することが求められるため、署名をすることができない者、耳の聞こえない者、意思無能力者などは、事実上証人になることはできないとされています。

公正証書を探す方法公正証書遺言の正本、謄本は、被相続人、相続人、弁護士等が保管していることが多いですが、相続人が公正証書遺言を誰が保管しているか知らなかったり、公正証書遺言が作成された事実自体、知らないケースもあります。そのような場合には、全国の公証役場のコンピュータ検索システムを使って、公正証書の有無を確認することが可能です。

なお、本人の生前中は本人のみしか検索できませんが、死亡後は相続人、受遺者も検索することが可能ですが、相続関係を証明する資料等が必要になりますので、公正証書を入手するには、手間がかかる場合が多いです。

秘密証書遺言の意義秘密証書遺言とは、遺言者が、遺言者の生前は遺言の内容を秘密にしておきたいが、遺言書の存在は明らかにしておきたいという場合に、自己の管理下で作成した遺言書を公証役場へ持ち込み、その存在を公証人が公証する方式の遺言をいいます(民法970条)。

公証人は遺言の中身を知ることができません。遺言の内容を秘密にしておくことで、遺言者の意に反するトラブルが生じることを防ぐという意味はありますが、手続きがやや複雑であることや、紛失・未発見のおそれがあることから、実際はあまり利用されていないようです。

秘密証書遺言は自筆証書遺言と異なり特別の方式はなく、遺言者の署名(自書)押印があれば、本文自体は代書やパソコンで作成することができます。したがって、自分の指名を書くことができる者であれば他に字が書けなくても秘密証書遺言をすることができます。ただし、その場合は、代書やパソコンによる作成者が誰であるかは公証役場に伝える必要があり、本人以外がパソコンで作成したにも関わらず本人が作成したと口述したことによって遺言の効力が否定された裁判例もあるため注意が必要です。

なお、秘密証書遺言も自筆証書遺言と同じく封書されているため、家庭裁判所で検認を受ける必要があり(1004条3項、1項)、それ以前に勝手に開封した場合は、遺言の効力に影響はないものの、5万円以下の過料に処せられます(1005条)。

秘密証書遺言の手続き秘密証書遺言は、遺言書の内容面について公証人は関与せず、自己の管理下で作成されたものを公証役場へ持ち込むことになります。

秘密証書による遺言は次の順序で作成されます(970条)。
(1)遺言者が遺言書に署名押印する。
(2)遺言者がその遺言書を封じ、遺言書に用いた印章をもってこれに封印する。
(3)遺言者が、公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨ならびにその筆者の氏名および住所を申述する。
(4)公証人が、その遺言書を提出した日付および遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者および証人と共にこれに署名押印する。

方式が欠けた場合秘密証書による遺言が上記の方式に欠けた場合でも、自筆証書遺言としての要件を備えていれば、自筆証書遺言として有効になります(971条)。したがって、秘密証書遺言は代筆やパソコンによる作成が可能とはいえ、可能な限り遺言者本人が全て自書し、署名押印して自筆証書遺言の要件を充足するように作成しておいた方が無難といえます。

証人になれない者公正証書遺言の場合と同じく、未成年者や、推定相続人おおよび受遺者、ならびにその配偶者および直系血族は証人となることはできず、また、署名ができない者・耳の聞こえない者・意思無能力者なども事実上証人となることはできないとされています。

遺言の解釈基準遺言は厳格な方式に従わなければいけませんが、遺言書の文言からだけでは遺言者の真意を測りかねる場合が往々にしてあります。

この場合の遺言の解釈について、最高裁判所は、「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探求すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情および遺言者の置かれていた状況等を考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべき」と判断しています。さらに、遺言の解釈にあたっては、可能な限りこれを有効となるように解釈することが遺言者の意思に沿うとも判断しています。

すなわち、最高裁判所は、遺言を解釈するにあたっては、単に遺言書の文言を形式的に判断するのではなく、遺言者をめぐる様々な要因を考慮しながら遺言者の真意を探求し、可能な限り遺言者の最後の意思を実現するために、これを有効となるように配慮しているといえます。 

「相続させる」遺言の解釈自筆証書遺言や公正証書遺言等において、「相続させる」旨の遺言が一般的に使われていますが、「相続させる」旨の遺言がなされた場合の効果について、最高裁判所は、即時の権利移転を伴う遺産分割方法の指定の性質を有するものと判断しています。

ただし、この場合でも、遺贈であることが明らかであるか、または遺贈と解すべき特段の事情がある場合には遺贈と解されることになります。例えば、相続人以外の者に対し「相続させる」旨の遺言がなされた場合は、(相続人以外の者に遺産分割方法の指定はしえないため)遺贈と解されることになります。

「全遺産を包括して相続させる」旨の遺言がなされた場合も、遺贈と解される特段の事情がなければ全財産について即時権利移転が生じることになります。他方、「割合的に相続させる」旨の遺言がなされた場合は、説が分かれますが、相続分の指定とみて遺産分割手続きにより権利関係が確定するものと解されます。

なお、「相続させる」旨の遺言よりも相続人が先に死亡した場合、相続人の子が相続(代襲相続)するのかどうかが問題となります。これについては、遺贈の場合は、そもそも遺言者より先に受遺者が先に死亡した場合は原則として遺贈は無効となり目的物は相続人に帰属することになりますが(994条1項、995条)、上記のとおり、「相続させる」旨の遺言は遺産分割方法の指定の性質を有するものとされているため、遺贈について定めた994条1項、995条が適用されず、「相続させる」旨の遺言は代襲相続の対象とならないとする裁判例が多くみられました。しかし、近時、このような場合も代襲相続を認めるとする裁判例が現れており、注目されています。

遺言信託とは遺言信託とは、遺言により信託することをいいます。信託の法理は、他人に財産権(所有権)を移転して、財産を管理・運用してもらうものです。通常は、委託者(信託設定者)と受託者との信託契約によって設定されますが、遺言によって設定することも認められています(信託法2条)。

遺産の全部または一部を、老妻、病弱者、障がい者など特定の人(受益者)の生活安定のために、信託銀行等の受託者に信託し、管理・運用してもらってその成果を受益者に交付させるようにすれば、単に遺産を割り振りするより安心です。また、学術、教育等公益の為に不特定多数を受益者とする公益信託もできます。これが本来の遺言信託です。

相続する人が財産を管理する能力が乏しく、せっかくの遺産が活用できない心配があるときは、遺言によって信託することも検討されるべきでしょう。

信託銀行の遺言信託信託銀行が行う遺言信託には、(1)遺言執行業務、(2)遺言書管理業務、(3)遺言整理業務があります。

遺言執行業務遺言書作成の段階から遺言内容の実行までを引受けるもので、これも遺言信託と称して売り出していますが、本来の遺言信託ではありません。特色としては、遺言は公正証書遺言に限られ、遺言の中で、遺言執行者として信託銀行を定めることにあります。

信託銀行との間で遺言執行引受予諾契約を結び、遺言者の死亡(相続の開始)によって、信託銀行は遺言執行者として遺言内容の実現(不動産その他の財産の名義変更、管理、引渡し等)をはかります。遺言の執行が中心業務ですが、事前の相談から一連の手続きの流れがセットされた総合的なサービスといえます。

信託銀行は、受託者としてふさわしい存在ですが、営利目的の株式会社であるため、受益者に対し利益を生み、かつ信託報酬を支払うだけの財産が必要なため、信託銀行を遺言執行者として利用するには、それ相応の財産がある場合が適切です。実際は、遺産総額が1億円以上の利用者が多数を占め、財産の中心は不動産といわれています。

また、相続人間の対立が激しく、遺留分・寄与分・特別受益に対する主張が強いようなケースでは調停・審判とならざるをえませんし、遺言の有効性が争われるようなケースでも弁護士の職域の問題となることから、このようなケースでは遺言執行者を信託銀行とするよりも弁護士を指名する方が望ましいと考えられます。

遺言書管理業務遺言書の保管が中心となります。この場合は公正証書遺言に限らず、自筆証書遺言でも秘密証書でも利用することができます。相続開始を通知する者、預かった遺言書を渡す者を指定しておくことから、遺言書の存在の確実性と、盗難・紛失の防止に役立ちます。遺言書を預かるだけで、執行までは関与しません。

遺言整理業務遺言の中に遺言執行者が指定されていない場合に、遺産の配分その他複雑な相続上の諸手続きを、相続人と信託銀行との委任契約により代行します。

遺言執行者とは遺言執行者とは、相続人の利益のために相続財産を管理処分する者をいいます。遺言執行者は、遺産を管理することを含めて、遺言書に書かれていることを実現するために、遺言執行の対象となる相続財産について排他的管理処分権を持っています(1012条1項、1013条)。また、遺言執行に関する訴訟についても、原則として当事者適格を有しています。

遺言をする者は、遺言で遺言執行者を指名もしくは第三者にその指名を依頼しておくことができます。遺言執行者の指名がなかった場合や、指名された者が就任を断った場合などは、家庭裁判所は遺言に利害関係のある者からの請求で、遺言執行者を選ぶことができます。なお、未成年者・成年被後見人・被保佐人・破産者は遺言執行者になることができません。

遺言執行者の権限は、裁判例によって、遺贈の目的物の引渡し、相続債務の弁済、使用貸借上の権利の解約告知などが認められています。預金債権の払戻しについては、これを認めたケースと否定されたケースがありますが、実務上は、遺言執行者が共同相続人の1人である場合は慎重な対応がとられる傾向にあり、遺言執行者が弁護士である場合は払戻が認められるという傾向があるようです。

遺言執行者が原則として当事者適格を有するのは前述のとおりですが、「相続させる」旨の遺言があった事案において、遺言の対象財産について賃借権確認請求訴訟を提起する場合の被告たる適格や、遺言者から不動産を譲り受けたと主張する者が提起した所有権移転登記請求訴訟の被告たる適格を認めなかった判例および裁判例が存在します。

相続人の処分の有効性遺言執行者がいる場合は、遺言執行者が相続財産に対する管理処分権を有することとなり、相続人は管理処分権を喪失します(1013条、1012条1項)。そのため、遺言執行者がいる事案において、最高裁判所は、一部の相続人が遺言に反して相続財産を処分してもその行為は絶対的に無効となり、第三者にも対抗できると判断しました。

他方、同様に遺言執行者がいる事案において、遺言執行者の同意の下に利害関係者間で合意してなされた処分を有効とした裁判例があります。また、遺言執行者の同意がなかった事案において、遺産分割協議は分割行為としては無効だが、既に相続人が遺言により遺産を取得して登記が実体的権利関係に一致している場合は、取得分の贈与ないし交換の合意としての効力を認めることができるとして、遺言執行者には当該登記の抹消を求める法的利益がないと判断した裁判例があります。

遺言の撤回遺言者はいつでも遺言の方式に従って、遺言の全部または一部を自由に撤回できます(民法1022条)。撤回は、撤回の趣旨の遺言を新たに作成する他、以下1、2のように、一定の場合には撤回があったものとみなされることになります。

1.遺言による撤回(後遺言優先の原則)遺言は遺言者の最終意思を尊重するものであるため、前の遺言と後の遺言が「抵触」するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものと擬制されます(民法1023条1項)。これを後遺言優先の原則といいます。

ここでいう「抵触」とは、前の遺言を失効させなければ後の遺言の内容を実現することができない程度に内容が矛盾することをいいます。後の遺言が前の遺言に条件をつけたものであるとき、前後の遺言が相互に全く無関係なとき、両立しうるときは、抵触とはいえず前後どちらの遺言も有効です。

最高裁判所は、妻に全ての遺産を譲るとの自筆証書遺言を作成した後、遺言者である夫の死後は土地家屋の現状を維持するとともに、妻の死後その処分代金を子供らに一定の割合で与える旨の自筆証書遺言を作成したという事例において、後の遺言は前の遺言を前提に、妻の死亡後の遺産分割の方法について指示したものであるとして、両者の間に抵触がないものと判断しました。

2.生前処分行為による撤回遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合も、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものと擬制されます(1023 条2項)

裁判例では、扶養を受けることを前提として養子縁組した上、大半の不動産を養子に遺贈した者が後に協議離縁をした事案において、生前処分による遺言の撤回が認められたケースがあります。 他方、遺言者が遺言の対象となった財産のうち土地の一部を第三者に売却し建物を取り壊した事案において、遺言による撤回が認められなかったケースがあります。

撤回された遺言の効力遺言撤回の行為が、撤回され、取消され、または効力を失っても、その撤回が詐欺または脅迫によるものであった場合を除き、一度撤回された遺言の効力は復活しません(1025条)。

しかしながら、遺言者が遺言を撤回する遺言をさらに遺言をもって撤回した場合、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が当初の遺言の復活を希望するものであるときは、当初の遺言の効力が復活するとした最高裁判例があり、この趣旨は、民法1023条に基づく撤回擬制の場合にも推し及ぼされるという考えもあります。

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